1月、2月。なかなかモヤモヤしながら過ごした。
毎年この時期は、年末まで駆け抜けた反動か、疲れがたまり、負のオーラにやられる。
続いていた習慣が途切れ、決めた取り組みが「絵に描いた餅」になってしまう。
自己嫌悪に陥る日々の連続。その沼にはまり、中々這い上がれない。
「このままの自分は嫌だ!」と何度も自分と約束する。
しかし、一晩眠れば、また自分に甘い自分が顔を出す。
「なんのこっちゃない。そんな契約、どこへやら~。」
まるで、奇跡が起こるのを待っているかのように、努力の「ど」の字もない。
ただただ「怠惰」。
こんな自分では、社長とは言えない。
コンサルタントとも言えないのでは?
そう思いながらも、沼から抜け出せない。
「いつまでそんなこと言っているのだ?」
若くもないのに?読者から笑われるかもしれない。
けれど、これが今の自分の素直な姿だ。
年を重ねても、まだこんな弱い自分がいるんだ——そう思う。
そんなこんなで、今日から3月。
毎月のルーティンにしている氏神さんへの1日参りだけは、なんとなくできた。
「弱い自分」を、今日はちょっとだけ褒めてあげよう。
長い参道を歩き、鳥居をくぐる。
その瞬間、空気が変わるのを感じた。
「あぁ、ごめんなさい……自分を責めてばかりで。」
ふと、そんな気持ちが湧いてきた。
「なんでこんなにダメなんだ」と責め続けてきたけれど、
もしかしたら、それほど自分を追い込まなくてもいいのかもしれない。
できない自分がいたっていい。
ただ、それだけのことなのかもしれない。
不思議と、大きな何かに包まれるような感覚がした。
これは、諦めや情けなさじゃない。
ただシンプルに、「大丈夫」と思えた。
そして、いつものように社務所のお母さんと挨拶を交わし、
季節の移り変わりを感じながら、神社の掲示板へと目を向ける。
「今月の言葉」それを読む瞬間が、いつも楽しみだ。
そして今日は、いつにも増して心がときめいた。
ブルース・リーの言葉。
「限界などない。停滞期があるだけだ。そこに留まってはいけない。」
……めちゃくちゃ今の自分にぴったりじゃないか!
これはもう、都合よく解釈するしかない。笑
「そうか!ただ停滞していただけなんだ。」
停滞を続ける必要なんてない。
ただ、またリスタートすればいいだけのこと。
単純に、シンプルに、
それだけのことなのかもしれない。
人にはバイオリズムがある。
浮いたり沈んだり、留まったり動いたり、笑ったり泣いたり。
その微妙な境界線を、行ったり来たりしているだけ。
そう思えば、ちょっと気が楽になった。
そう、ただ停滞していただけなんだ。
ならば、焦らず、でも止まらず、
自然な流れに身を任せてみよう。
「停滞」は「流れが止まっている状態」ではなく、「動く前の助走期間」 だとしたら?
3月。
無理に頑張るのではなく、でも、少しずつ進む。
ふと気づいたら、また流れに乗っている~そんな月にしていこう。




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