旧車とカセットテープの思い出
若いころ、いすずのベレットという旧車に乗っていました。この車には、今では見かけなくなった「三角窓」がついていて、それを少し開けるだけで涼しい風が運転席に流れ込んできました。エアコンのような人工的な冷たさではなく、自然の風がもたらす心地よさ。運転しながら感じるその風が、いつも特別な時間を演出してくれていました。
車の中にはお気に入りのカセットテープがいくつもあり、走り出す前に「今日はどれにしようか」と迷っていたのを思い出します。ベレットのハンドルを握り、カセットを再生し、三角窓から流れ込む風を感じながら、地元の信号のない一号線を走る。あの瞬間こそ、僕にとっての『PERFECT DAYS』だったのかも。
懐かしさと新しさが交錯する瞬間
映画『PERFECT DAYS』の中で、アヤが平山の車のカセットテープを選び、パティ・スミスの「Redondo Beach」を流すシーンを観たとき、ふと若いころを思い出しました。
僕が車にこだわっていたころ、音楽にもこだわっていました。大好きなアーティストのレコードやCDをレンタル屋さんから借りて、カセットテープにダビングしたものを車で流していました。三角窓から吹き込む風と流れる音楽の時間。それは、ただの移動時間ではなく、なんか夢中になれる時間だったことを思い起こします。
「今日はどれにしようか」と迷う時間も含めて、音楽を聴くという行為が、今とはまったく違う特別なものだったように思います。
カセットテープに詰まった60年代のスターたち
カセットテープの中身はボブ・ディラン、ローリング・ストーンズ、ビートルズといった60年代のスーパースターたちの音楽を詰め込んでいました。中でも、ベルベット・アンダーグラウンドは特別でした。ベルベット・アンダーグラウンドの音楽は、不思議な魅力のある音楽でした。どこかアンニュイでありながら心に残る彼らのメロディー。映画の中で平山が好んで聞く姿に自分と照らし合わせてニヤニヤ。ベルベット・アンダーグラウンドの音楽が、平山の日常に一瞬の輝きを与えていたように、僕の若いころも、その音楽が車中の特別な時間を作り上げていた気がします。
過去と現在をつなぐレトロの力
アヤがカセットテープで音楽を聴く姿に、新鮮さを感じたのは、僕たちが当たり前だと思っていたものが、今の若い世代にとっては新しいものに映るからかもしれません。レトロな形式に込められた手間や温かさが、現代の効率的なデジタルライフとは違う魅力を放っているように思います。
音楽と旧車、そしてカセットテープ。それらが交錯する空間は、懐かしさと新しさを同時に感じさせ、僕にとっても『PERFECT DAYS』を通じて思い出すことにつながりました。
テクノロジーが進化し、車は自動運転がでてきたり、音楽もスマホで無限に選べる時代になりました。便利さの極みに達した今、確かに生活は快適になったけれど、何か大切なものを忘れているような気がします。カセットテープを選ぶ時間や、三角窓から流れ込む風の心地よさ、そしてアナログだからこそ感じられる温かみ。それらが、日常を特別にしていたのかもしれません。
けれど、「古き良き」は今の視点からすれば確かに非効率です。カセットテープは曲を探すのに手間がかかるし、三角窓を開けて感じる風よりもエアコンの方が快適で、正確にコントロールできます。それでも、非効率な中にこそ心が動く瞬間や、思いがけない発見があったのではないでしょうか。
ただ、これはどちらが良いとか、どちらが好きという話ではありません。便利なものが持つ効率の良さと、古いものが持つ温かさや不便さの魅力。それぞれに価値があり、どちらかを選ぶ必要はないと思うのです。古いものが心に残るのは、それが過去の記憶と結びつき、私たちに特別な感情を呼び起こすから。
そして新しいものが私たちを惹きつけるのは、未来への可能性を感じさせてくれるから。どちらも大切な時間の一部なのです。
映画『PERFECT DAYS』を観たとき、古き良きものへの郷愁と現代の快適さの狭間にいる自分を見つけた気がしました。平山が繰り返す日常の中で、カセットテープを選ぶ瞬間に見える迷い。それは、どの音楽も等しく価値をもたらしてくれるという、愛おしさから生まれる迷いではないでしょうか。
僕たちも、古いものや新しいもののどちらかを選ぶ必要はなく、それぞれに宿る価値を感じ取ることができるのだと思います。その迷いの中にこそ、日々の愛おしさや、まだ見ぬ未来への期待が隠れているのかもしれません。
年の始まりの1月は、なぜか毎年うまくいかないのですが、そんな自分にも価値があると思えるようになりました。迷いながらも歩みを進めるその姿こそ、僕たちの日常を「パーフェクトデイズ」に変えてくれるのかもしれませんね。
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